2008年 12月 25日
クリスマス・イヴ |
クリスマス・イヴは以前俺が住んでいたところ、すなわち現在の妹の家で過ごした。キャベツ入りピエロギ、ウシュカ*入りバルシチ、干しプルーンのコンポートはありきたりの料理だが、イヴの料理として食べるとつねにその独特な例外的な味がする。グルメの人にはさらに鯉があるけれども、妹が毎年家族のために鯉を料理するとはいえ、彼女も俺もその料理を食べない。1度か2度、いまは亡き父が、イヴの魚を食べてごらん、魚の身そのものはおいしいんだぞと勧めたが、俺は骨を取り除かなければならないのがとても嫌なのだ。気を付けないとのどに刺さって危ない。
大勢で陽気だった家族のうち、クラクフで残ったのは我々2人と我々の子どもたちだけだ。あと、おじさん、父のいとことその妻がいて、彼らとは良い関係を保っているが、彼らは決してイヴにバシュトーヴァ[妹の家がある通り]に来たことがない。俺はバシュトーヴァのイヴのテーブルに大勢が座っておしゃべりをして楽しかった時代を憶えている。最近まで祖母も来ていたのだが、2003年に100歳と7か月で亡くなった。
昨日も楽しいひとときがあったが、我々の人数はもう少ない。けれどもクリスマス・イヴや復活祭の朝食のようなこうした集いは、我々の家族の絆を強める。また、家族の出来事や、もういない近しい人たちを思い出す機会でもある。
かつては俺と妹が大喜びでツリーの飾り付けをしたものだが、いまは妹の息子たちがそれをしている。写真のツリーはここ数年のものと同じく大きくはないが、我々が子どもの頃は、父が我々を喜ばせるのが好きで、クリスマス・ツリーは大きかった。1度、あまりに巨大なのを持ってきたので、ツリーのてっぺんが天井につかえて曲がっていた。この住居の天井は高くて約4.40mもあるのに。
*ウシュカ:きのこ入りの小さなピエロギ[餃子のような料理]でバルシチ[ビートのスープ]に加える。
大勢で陽気だった家族のうち、クラクフで残ったのは我々2人と我々の子どもたちだけだ。あと、おじさん、父のいとことその妻がいて、彼らとは良い関係を保っているが、彼らは決してイヴにバシュトーヴァ[妹の家がある通り]に来たことがない。俺はバシュトーヴァのイヴのテーブルに大勢が座っておしゃべりをして楽しかった時代を憶えている。最近まで祖母も来ていたのだが、2003年に100歳と7か月で亡くなった。
昨日も楽しいひとときがあったが、我々の人数はもう少ない。けれどもクリスマス・イヴや復活祭の朝食のようなこうした集いは、我々の家族の絆を強める。また、家族の出来事や、もういない近しい人たちを思い出す機会でもある。
かつては俺と妹が大喜びでツリーの飾り付けをしたものだが、いまは妹の息子たちがそれをしている。写真のツリーはここ数年のものと同じく大きくはないが、我々が子どもの頃は、父が我々を喜ばせるのが好きで、クリスマス・ツリーは大きかった。1度、あまりに巨大なのを持ってきたので、ツリーのてっぺんが天井につかえて曲がっていた。この住居の天井は高くて約4.40mもあるのに。
*ウシュカ:きのこ入りの小さなピエロギ[餃子のような料理]でバルシチ[ビートのスープ]に加える。
by nagamimi_2
| 2008-12-25 20:00