2011年 03月 27日
日本に近いクラクフ |
日本の大震災直後からポーランド人は(世界中のあらゆるところでと同じく)さまざまな連帯と支援の活動を始めた。3月18日(金)、『ガゼタ・ヴィボルチャ Gazeta Wyborcza』クラクフ編集部は日本美術技術センター「マンガ Manggha」と共同で、気仙沼市の支援活動を開始した。このさほど大きくない静かな港町は津波にすっかり飲み込まれてしまった。
義援金集めのほか、「マンガ」館長ボグナ・ジェフチャルク-マイ Bogna Dziechciaruk-Maj と副館長のカタジナ・ノヴァク Katarzyna Nowak は象徴的なゼスチュアも必要だとして、折り鶴を折る活動を宣言した。「私たちの町(クラクフ)はポーランドの他のいかなる町よりも日本に近いのです。どうやって援助したらいいでしょう? お金は必要です。でもゼスチュアも必要なのです……」 自分で折った鶴を見せる「マンガ」副館長カタジナ・ノヴァク
鶴は日本では長寿と夫婦愛のシンボルである。贈られた鶴は幸せをもたらし、力を与えてくれる。クラクフの人々によって折られた鶴たちは気仙沼に送られる。
3月17日(木)には在クラクフアメリカ総領事アレン・S・グリーンバーグ Allen S. Greenberg とその妻ハルコ(日本人)がチャリティー・ディナーを開催し、その際、地震と津波の被災者のための寄付金を集めた。領事の私邸には領事館職員や日本・アメリカ・ポーランドのビジネスマンたちが集まった。 アメリカ総領事私邸での集まり
領事の招きで日本人アーティストたちもやってきて、金曜日にクラクフで日本の新内と舞踊(パントマイムを伴ったダンス)を披露した。グループを率いるマスター、鶴賀 若狭掾(つるが わかさのじょう)によると、彼らを乗せたクラクフのタクシー運転手はまず彼らにおくやみを述べたあと、これは日本へ俺からの義援金だと言って料金を受け取らなかったそうだ。
この集まりにはクラクフ在住の日本人も参加していた。なかんずく我々の知り合いのアーティスト、イワタ・ミホは『ガゼタ・ヴィボルチャ』紙にこう語った。「名古屋に住む両親と一日中メールをしていました。名古屋は地震の被害はなかったのですが、父はまもなく東京に行くことになっています。私は東京行きはやめるようにと言いました。日本の首都はいまひどいパニック状態だからです」
ミホさん、自分自身がちょっとパニックになってるようですね。東京は平穏ですよ。
義援金集めのほか、「マンガ」館長ボグナ・ジェフチャルク-マイ Bogna Dziechciaruk-Maj と副館長のカタジナ・ノヴァク Katarzyna Nowak は象徴的なゼスチュアも必要だとして、折り鶴を折る活動を宣言した。「私たちの町(クラクフ)はポーランドの他のいかなる町よりも日本に近いのです。どうやって援助したらいいでしょう? お金は必要です。でもゼスチュアも必要なのです……」
鶴は日本では長寿と夫婦愛のシンボルである。贈られた鶴は幸せをもたらし、力を与えてくれる。クラクフの人々によって折られた鶴たちは気仙沼に送られる。
3月17日(木)には在クラクフアメリカ総領事アレン・S・グリーンバーグ Allen S. Greenberg とその妻ハルコ(日本人)がチャリティー・ディナーを開催し、その際、地震と津波の被災者のための寄付金を集めた。領事の私邸には領事館職員や日本・アメリカ・ポーランドのビジネスマンたちが集まった。
領事の招きで日本人アーティストたちもやってきて、金曜日にクラクフで日本の新内と舞踊(パントマイムを伴ったダンス)を披露した。グループを率いるマスター、鶴賀 若狭掾(つるが わかさのじょう)によると、彼らを乗せたクラクフのタクシー運転手はまず彼らにおくやみを述べたあと、これは日本へ俺からの義援金だと言って料金を受け取らなかったそうだ。
この集まりにはクラクフ在住の日本人も参加していた。なかんずく我々の知り合いのアーティスト、イワタ・ミホは『ガゼタ・ヴィボルチャ』紙にこう語った。「名古屋に住む両親と一日中メールをしていました。名古屋は地震の被害はなかったのですが、父はまもなく東京に行くことになっています。私は東京行きはやめるようにと言いました。日本の首都はいまひどいパニック状態だからです」
ミホさん、自分自身がちょっとパニックになってるようですね。東京は平穏ですよ。
by nagamimi_2
| 2011-03-27 23:55
| 日々